トップページ>歴史・境内案内
最勝寺の歴史
正式名称 牛宝山 明王院 最勝寺(ごほうざん みょうおういん さいしょうじ)
通称
目黄不動 最勝寺(めきふどう さいしょうじ)
所在地 東京都江戸川区平井1‐25‐32
電話 03‐3681‐7857
ファックス 03‐3685‐7484
Mail saisyoji@wg7.so-net.ne.jp
宗派 天台宗(本山 比叡山)
開創 貞観二年(西暦860年)
本尊 釈迦如来

  最勝寺の歴史
護摩修行 最勝寺の始まりは、慈覚大師が東国巡錫のみぎり、隅田川畔(現・墨田区向島)にて、釈迦如来像と大日如来像を手ずから刻み、これを本尊として貞観二年(西暦860年)に一宇を草創したことによる。同時に大師は、郷土の守護として「須佐之男命」を勧請して牛島神社を祀り、大日如来を本地仏とした。
 慈覚大師の高弟・良本阿闍梨は、元慶元年(877)に寺講の基礎を築き、最勝寺の開山となり、当寺を「牛宝山」と号した。その後、本所表町(現・墨田区東駒形)に移転した。
 当寺は徳川家の崇拝が篤く、将軍が鷹狩りの際にしばしば立ち寄り「仮の御殿」が置かれた。明治の神仏分離に至るまで、牛島神社の別当をつとめた。神仏分離の時、神社の本地仏大日如来像は当寺に遷座し、今日に至る。

  目黄不動
護摩修行 また、当寺に奉安される不動明王(目黄不動)は、天平年間(西暦729~766年)に良弁僧都(東大寺初代別当)が東国巡錫のおり、隅田川のほとりで不動明王を感得され、自らその御姿を刻んで本尊とし一宇の堂舎を建立されたのに始まる。その後、当寺の末寺東栄寺本尊として祀られ、徳川氏の入府により将軍家の崇拝するところとなった。
  江戸五色不動
 殊に徳川家光公の崇拝は篤く、江戸の町を守らしめる為、仏教の大意に基づいて江戸府内に五色不動(目青・目黄・目赤・目白・目黒)をもうけた。五色不動は方位によって配置して方難除けとし、又、江戸に入る主要な街道筋を守らしめ、江戸の町を守護せしめた。当寺の不動明王は、この時より「目黄不動」と称され広く信仰された。
 明治の神仏分離により、東栄寺は廃寺となり、目黄不動明王は本寺最勝寺に遷座され、これより当寺は「明王院」と号し今日に至る。 現在地に移転
明治末に隅田川に駒形橋が架かることによる区画整理があり、大正二年(1912)j現在地に移転し今日に至る。
  関東36不動霊場
 19番札所です
  境内(750坪)
  仁王門 
  本堂(平成十六年改築落慶)
  不動堂(平成二年改築落慶)
  地蔵観音堂
  最勝稲荷社
  蓮庭
  墓域(600坪)
  最勝寺廟堂
  無縁仏供養塔
  柔道家徳三宝の墓と領徳碑
  江戸狂歌・戯作者烏亭焉馬の墓
  俳人富田木歩の墓